映画 ダークナイト
先日、「スカイ・クロラ」を見て、どよーんとしてしまったウチのかみさん、心機一転、バットマンならスカッとするだろうとこの映画を見に行って、またどよーんとしてしまいました。
確かに、見た後でスカッとはしない映画です。しかし、見ている人を引きつける、非常にパワーのある映画であることも確かです。私の採点は、5点満点で、脚本4.5点、監督4点、俳優4.5点、効果4.5点です。
この映画、米国では非常に評価が高いとのことです。日本でもプロの評論家、一般の評価者ともに評価が高いようです。おそらく、高評価の原因は脚本にあるように思えます。特に、キリスト教信者にはわかりやすい内容ではなかったかと思われます。聖書などを読んでいると、「サタンが人の心に入り込む」という記述が見られます。この映画でのジョーカーの人心掌握術や残忍な計画性、トラップの張り方などを見ると、全て人の心の隙を巧みに突くものばかりで、どちらかというと「たぶらかす」ことを専業にするキリスト教の悪魔そのものであるように思えます。そして、その悪魔の所行を一つ一つつぶしていこうとするバットマンは神の側の人間であるように見えます。ただ、そこはアメリカ、神よ、神よと祈るだけではだめで、必要とあらば取りに行く、目的の達成のためには、ある程度のことはしょうがないという立場が明確に語られています。
ジョーカーがキリスト教的悪魔の具現化ではないかという所は、ジョーカーの目的が金とか地位ではなく、(神から見て)正しきものを破壊していくことにある点からも言えるのではないかと思います。実際、ジョーカーは山と積まれた札束に火をかけて燃やしてしまいますし、「この街は俺が支配する」とは言いますが、「俺が市長になる」とは言っていません。そういう物質欲がない男としてジョーカーが描かれています。しかし、物質だけでなく、人間の精神をも破壊することにかけては非常に執心します。特に、警察や銀行、警察官や(正義派の)検事への攻撃は執拗を極めます。そして、ジョーカーが仕掛けた最後のゲームには、ジョーカー側が人間の良心によって敗北します。
普通の人間は悪魔の前ではほとんど無力だが、人間の良心や善意がこれに対抗できるかもしれないわずかな武器であることを結論として示したこの映画は、キリスト教的には非常にわかりやすく、それが米国で受けた理由ではないかと思いました。
日本でもある程度評価された理由は、おそらく、そういう一本芯が通った脚本の持つ力によるものが大きいと思われます。そして、俳優の演技とそれを引き出した監督の力量によるものが大きいと思われます。
俳優の演技として特筆するべきは、やはり、真の主人公とすら言えるジョーカーを演じたヒース・レジャーであろうと思われます。個人的には、過去のバットマンでジョーカーを演じたジャック・ニコルソンもすばらしかったと思うのですが、ヒース・レジャーのここでの演技は末永く語りぐさになるであろうと思われます。正直、難役であったろうと思います。どこかで、「最狂の」という表現をしていた人がいましたが、まさに、最狂のジョーカーでした。ヒース・レジャーはこの作品の撮影終了後亡くなったと聞きましたが、残念なことです。映画の終わり方は続編もあり得る終わり方になっていましたが、続編でジョーカーを演じる役者さんは難しいことになると思われます。
付け加えておきますと、マイケル・ケインとゲーリー・オールドマンもなかなか良かったです。
効果に関しては、おそらくCG満載なのでしょうけど、それを感じさせない、自然、かつ、効果的な使い方でした。音響も効果的でした。
映画を見てスカッとしようという人にはむかないと思いますが、映画を見た後に若干の希望を見いだせる(逆に言うと、若干しか希望を見いだせない)映画であることは間違いないです。ストーリーは完璧ですし、ホラーとまでは行かないにせよ、良くできたアクションスリラー映画という言い方はできると思います。映画の一つの到達点という言い方をすると言い過ぎですが、他にはない映画という言い方はできると思います。
しかし、この映画、よくPG-12とか、R-15指定にならなかったなと思います。こんな「悪」を見せられて、子供に悪影響がなければよいのですが。
ダークナイト
クリストファー・ノーラン監督
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)























最近のコメント